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誰かに何かを相談できない性格の僕が救われたもの。

メンタルヘルス
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またまたちょっと個人的なお話ですが、僕はあまり人に悩みを相談したりしたことがありません。悩みだけではなく、質問や相談というのも割と苦手な方です。

原因は多分以前書きましたが、このあたりにあるのかなと勝手に思っています。

極めて個人的な話。俺たちは親父が嫌いだ。

父親には何かを相談したりできる環境では全くなく、自分で考えろ。と言われ、何か話そうとすればそんな事をするのは女の腐ったやつのすることだ。

とかなり男尊女卑の激しい人でした。

徐々に内にこもりだし、あんま人と話をしない子供になっていったように記憶をしています。

ちょこっとずつ性格と言うか考え方が変わっていって今は楽しく楽にゆるく生きられるようになって来たので時代の変遷とともに見て行きたいと思います。

小中高は飛ばしてもらってもいいくらいしょうもない事しか書いていません。

幼少期~小学校時

僕の暗黒期なのかほとんど記憶がありません。内気で気が弱かった(と思う)僕は友達と遊ぶよりも、ずっと虫や魚を取って遊んでいました。

学校ではいじめられるようなことはありませんでしたが、運動がそんなに出来るわけでもなく空気のような存在だったかもしれません。

何せ記憶があまりないので、脚色がひどいかもしれませんのでご了承ください。

僕が小学5年生のときに父親の転勤で大阪へと引越しします。

大阪は愛知県比べて学校の自由度が高く、その時の担任の先生が非常にいい先生で少し明るく友達がたくさんできました。この時の記憶だけは妙にあります。

しかしいろんな事情で1年で愛知県に戻ることになります。

この時はまだ自分の言いたいことなんてほとんど言えなかった気がします。

小2くらいから、とにかく本が好きでたくさん本を読んでいました。

中学生になって

誰にでも訪れる、いわゆる思春期ってやつですね。

時代はビーバップハイスクールが流行っておりヤンキーさんたちがいっぱいいるような中学校でした。学ランの裏地には龍の刺繍がみたいな(笑)

この時期もうっすら記憶くらいしかないです。

結構悩んでたように思いますが、結局無気力だったような気がします。

周りに流されて、部活をみんなやっているからやる。勉強もまわりが適当にやる。

ただ本気出して一生懸命やった記憶は全くないのでだらっとゆらゆら流れながら生きていたように思います。

やっぱり本は好きでよく読んでいました。

そして本に勇気づけられ本の虫になって行きます。

高校生

高校の中では成績が良かったので少し自分に自信がつきます。

この時期には悩みをさらけ出すなんて格好悪い。本質的な問題からは逃げればなんとかなる。とひたすら斜に構えて問題ない顔をしてやりすごしていきます。

受験勉強などの言い訳をしながら、いろんな事をやらず逃げ、高校2年からは塾通いをして学校の先生を小馬鹿にしていたようなちょっと感じの悪い子に育ちます。

自分の問題と向き合えていません。

でもやっぱり本は好きでした。

大学生

いわゆる大学って何をするのかもわからず、親元を離れたい為だけに大学に行ったので燃え尽きていました。学校へもほとんど行かず、コンビニ夜勤とコンビニ弁当で生計を立てていましたかね。

ちょっとチャラめの友達とつきあい、チャラくなってましたね。コンビニ行く。寝る。釣り師に行く。クラブ行く。

人生で一番楽しく、そして何も学ばなかった時代です。

この頃には悩みもあまり無くやっぱり自分自身とも向き合う事はせず過ごしています。

塾の先生が大学生のうちに1000冊は本を読んだ方がいい。と言っていたの妙に覚えていてこの4年間には本を1000冊読んでいます。(マンガも可と言われたので本600、漫画400くらいの比率くらいだと思います。)

社会人後

ここからが、結構苦労をしていきます。元来A型で悩みやすく気が小さい人間が虚勢を張って生きてきたので、化けの皮が剥がれて行きます。

礼儀も知らない。仕事もちゃんとできない。かわいげがない。

ひねくれものは好かれませんよ。

でたくさん質問をしたり悩みを相談できる同期は売上を上げ始め僕はうだつの上がらない出来損ない社員。

まあこれまで誰にも相談せずに何とかなってきたからこれからだってと、社会に出る前の人間の甘い目論見などもはや何の役にも立ちません。

この辺りで自分と向き合わざるを得なくなります。

自分がどういう人間で、周りからどう思われているのか、どうするべきなのか。

ちょっとこればかりは自分でどれだけ考えても周りの評価は自分では分からないので迷いましたね。

この時に有難かったのは僕は周りに聞かずともすごくおせっかいを焼いてくれる先輩がいて、

「おまえのここはいい。おまえのここがダメだ。」

「お前の態度であの人はこういう嫌な思いをしている。」

とっても鬱陶しかったのですが、いわば父親から何かを教えてもらった事がなかった僕は父親みたいに叱って指摘をしてくれた先輩のおかげで少しだけ救われることとなります。

自分がまわりからどう思われているかを知ると同時に、ガラッと考え方が変わったことが一つあります。

一生懸命頑張っている人はカッコ悪くない。むしろカッコいい。

努力なんて見せるもんじゃない。陰で努力してそれを見せずに本番で成功するのが格好いいんじゃん。と変な考えを持っていた僕には叱ってくれた先輩が自分の弱いところ、頑張っているところをすべて僕に見せてくれました。

そんな彼を普通にカッコいいと思いましたし、今でも思います。

ここで少しだけ自分自身が変わったことを覚えています。

でもやっぱり自分の事をあんまり話す事はできません。

この時期はずいぶんと少なくなりましたが本は月冊くらいは読んでいたかと思います。

また同時にネット繋がりの友達ができ、ゆるく繋がっている人たちの付き合いが新しく始まりました。

現在

自分の事をきちんと話したり、悩みを話たりできる風になりました。

もちろん必要な事はしっかりと話すようになっていますし、何か特に自分の中の深い問題ではないところは話すようになりました。

でもやっぱりクセなんでしょうか。あまり自分の事をさらけ出したりはできないんですね。

自分の中で問題をかみ砕いて処理をする。そしてある程度それができてしまっているのでそれでもいいのかな。

なんて思っています。

妻には、自分の事を全然話さないし、何を考えてるか、どう思っているのか分からないと年に1,2回ほどけんかをした際に怒られます・・・・

その時少しだけ本音をさらけ出します。

本題に戻ります。

つらつらとつまらない事を書いて、本題からそれまくりましたが何も話さない僕の常にそばにあったのは本です。

本を読むことで自分と同じつらい気持ちを共有できたり、こんなときに何をすれば救われるかのヒントがあったり、解決策だってありました。

小さな頃から本をたくさん読むことで自分自身で多くの問題が理解でき、解決ができました。

今の時代だと、本ではなくてブログやSNSなんかでも同じような効果があるかもしれませんね。僕の時代にはブログやSNSなんてほとんどなかったので、とにかく本でしたが。

今の時代はSNSなど逆に重たい問題を知らない誰かに相談できたりもします。

ネットをつなげればどこかにヒントや解決策があったりします。

僕のように一人思い悩んでいる人もどこかに繋がりを持ち、答えを探していたら必ず問題は解決すると思います。

どこからの関係も無くし、一人で思い悩むならどこの誰かも分からないネットの民Aに何かを相談したって損はしません。

思い悩んで苦しんで解決するのも良しですが、ゆるく楽に解決が出来るのならその方がいいんじゃないかなとも思います。

僕もなんだかんだでこのブログでたまに本音を吐き出している事も心の「楽」を生み出しているのかもしれません。

意外と自分の事を話す事は楽なのかもしれません。

あまりよくわからない文章になってしまいましたが、多分は読書はいいよ。って事とどこがで誰かと繋がっていたほうがいいし、独りで思い悩んでは駄目よ。

って事が言いたかったんだと思います。

誰かのお役に少しでも立てれば幸いです。

 

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